面倒なことを簡単にしたり、繰り返し作業を自動化したりすることが割と好きなのですが、仕事でこれを突き詰めていくと、人がどんどん不幸になっていくなぁと感じたので、その話をしたいと思います。
人は本能的に、働きたくてしかたがない?!
私の今の職場だけなのか、日本人だけなのか、または私だけなのか分からないのですが、人は本能的に働きたくてしかたがない生き物なのか?と思うことがあります。
なぜかと言うと、仕事を取り上げられたら、イヤじゃないですか。
別の人に取られるのも抵抗がありますし、効率化の一環として、その仕事自体がなくなるのも抵抗があります。
私が今までやっていた仕事は、必要なかったことなの?と思ってしまいますよね。
みんな、働くのが嫌だ嫌だと言って、労働時間を短くしなきゃと言われ、働き過ぎだと言われ、働くのがすごく悪いことのような言われようですが、本当にそうなのか?と思う場面がよくあるのです。
実は、みんな働きたくてしょうがない説です。
仕事を取り上げられたらどうしていいか分からない
「働きたくてしょうがないわけじゃなくて、お金を稼がないといけないからしょうがなく働いているんです。お金をもらっている以上、頑張って働かないといけないでしょ」
という言い分ももちろん分かります。
ですが、何もしなくてもいいアルバイトとか、自由に好きなことをしていてもいいパートとかもしあったとしたら、どうでしょうか。
ちょっと困りませんか?
そもそも、かなり不気味ですよね。
何もしなくてもお金がもらえる理由やどういうシステムなのかを知らないまま契約するのは、私だったらちょっと怖いです。
同じように、これまでずっと手作業でやってきた仕事を、ある日突然「今日からその仕事は機械が自動でやってくれるようになったので、あなたは機械を見ていてくれるだけで良いです」と言われたら、「ヤッター!仕事が楽になったー!」とすぐに喜べる人より、一旦不安になって抵抗する人の方が多いのではないでしょうか。
仕事が楽になって喜ばしいはずなのに、現実は、怖くなって不安になります。
なぜ単純に喜べないのか?理由が分からずモヤモヤしてしまうのです。
もっと別の楽しいことややりたいことを常に考えておこう
単純に喜べない理由は、「自分がやっている仕事」と「自分という人格」を無意識のうちに同一化しているからではないでしょうか。
もちろん、仕事がなくなったら失業して収入がなくなって困るから、という現実的な側面もありますが、それと同じぐらい、仕事を否定されたら自分が今までやってきたことを否定されたり人格を否定されたような気になってしまう、という心理的側面があるように思うのです。
なので、業務の効率化を進めたいならその前に、仕事と人格は別もの!ということをよく理解する必要があります。
一緒に働くチームの人にも理解してもらうことが大切です。
仕事は仕事。あなたはあなた。常に別物です。仕事が不要になったからと言ってあなたが不要になるとは限りません。
そのうえで、今やっている業務よりもっと楽しいことや面白そうなことを考えてリストアップしておくことがおススメです。
今はこの仕事が手一杯で手を付けられないけど、もしこの仕事を他人や機械がやってくれるとしたら、こんなことがしたい、あんなことができるんじゃないか、そういうことを常に考えていれば、効率化もAIも怖くありません。
人から単純作業一切を取り上げてしまったら、高度に知的なしんどい仕事ばかりをしなければいけなくなる
もうひとつ、効率化を突き詰めると恐ろしいことがあります。
繰り返しの作業、頭を使わなくて良い作業、こういう作業を単純作業と言いますが、こういう作業を100%人から取り上げてしまうと、人に残された仕事は、高度に頭を使うしんどい仕事ばかりになってしまう…ということです。
単純作業ばかりを1日中やっているのも、人によってはしんどいですが、単純作業が一切ない仕事というのも、実は大変しんどいです。
単純作業以外の仕事と言えば、イレギュラー対応やクレーム対応、クリエイティブな作業、複雑な調整業務、高度な交渉ごと、などです。
1日中こういう業務ばかりしていると、疲弊します。
ですので、あまり頭を使わなくてもできる単純作業のようなことを間にはさむことで、頭の休憩になるわけです。
ということで、何でもかんでも効率化するよりも、適度に単純作業を残しておくことが、人が不幸にならずに働き続けられる秘訣かも知れません。
まとめ
効率化=善
働くこと=悪
単純に決めつけることはできなさそうです。
人は本能の部分で、誰かの役に立ちたい、人に喜んでもらいたい、そういう承認欲求があります。
承認欲求を満たす行為のひとつが働くことなのだと思います。
効率と非効率の最適なバランスを見つけて、人が幸せに生きられる社会になると良いなぁと思います。